煉獄杏寿郎の夢が現実的だったのはなぜか【鬼滅の刃 無限列車編】

いまや国民的人気アニメになった『鬼滅の刃』。

 

漫画とアニメも大好きですが、映画の『無限列車編』も最高でした。

動く煉獄杏寿郎のかっこよさが尋常ではなかったです。

 

原作はとっくに読んでいましたが、「なぜ煉獄さんだけが現実的過ぎる夢を見たのか」が、映画を観たことで改めて気になってきて。

ついに終映が迫ってるらしいので、煉獄さんの夢についてあれこれ意味を考えてみようかと思った次第です。

 

目新しいテーマでもなんでもないでしょうし、なんならまとまってない考えを書きながらまとめていくので、めっちゃくちゃになるかもしれません。

私のクローゼットの中くらいハチャメチャが押し寄せて来るかもしれませんが、よかったらお付き合いください。(その例え誰がわかるねん。ほんでそれは他作品や。)

 

 

煉獄杏寿郎の夢って?

無限列車編で登場する鬼の魘夢(えんむ)は、人の望む幸せな夢を見せてから、悪夢に変えて苦しめるという卑劣極まりないヤツです。

 

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ところで、魘夢の「お眠りぃ〜」で一瞬IKKOさんがよぎったのは絶対私だけじゃないって信じてる

 

そんな魘夢の血鬼術にかかった炭治郎、善逸、伊之助、煉獄さん。

 

炭治郎は無惨に奪われた母や弟、妹たちが健在で、禰󠄀豆子も鬼になっていない夢を見ていました。

むごいですよね。

 

善逸は、愛する禰󠄀豆子とデートしてウキウキ。

伊之助は、炭治郎と善逸、禰󠄀豆子たち子分を引き連れて洞窟を大冒険。

 

そして煉獄さんの夢は、自分が柱になったことを父に報告するも、「どうでもいい」と冷たくあしらわれ、悲しげな弟を励ましながら強く生きようと語るという内容でした。

 

あまりに現実的過ぎると思いませんか?

普通に考えたら、全然幸せちゃうやん!?と思いますよね。 

 

鬼滅の刃 煉獄零巻』から考えること

映画の入場者特典として配布された『煉獄零巻』。

零巻では、鬼殺隊の初任務に向かう煉獄さんが描かれています。

 

 

煉獄さんが任務に赴くと、鬼との戦いに敗れ、命を落とした鬼殺隊の仲間たちの姿がありました。

その中には、煉獄さんが最終選別で助けた男の子もいます。

 

その彼は死の間際に、あとから来るであろう隊士に鬼の情報を伝えるために、指文字でサインを残していました。

 

そのおかげで血鬼術を見破ることができた煉獄さんは、見事に鬼に勝利。 

唯一生き残っていた女の子の命を救うことができたのです。

 

ラストのモノローグには、

ありがとう 最期まで戦ってくれて

自分ではない誰かの為に

助けてくれてありがとう

君たちのような立派な人に

いつかきっと俺もなりたい

(引用:『鬼滅の刃 煉獄零巻』)

 

 

このエピソードから、「煉獄さんの夢は誰かのために戦って死ぬことなのでは?」という考察を見かけました。

 

でも煉獄さんは、「死ぬことを目標にするような人物ではない」気がしています。

 

同じ零巻に載っている煉獄さんの座右の銘が、

「斃れて後已む 精神一到何事か成らざらん」

 

斃れて後已むは、「命がある限り、懸命に努力すること」

精神一到何事か成らざらんは、「精神を集中して行えば、どのような困難なことも成し遂げられる」

 

という意味だそうです。

煉獄さんらしいですね。

 

加えて煉獄さんはお母さんから、「弱い人を助けることが強く生まれた者の責務であり、果たさなければいけない使命」であると教えられています。

 

この教えとお母さんの生き様は、煉獄さんに大きな影響を与えました。

生きる指針とも言える、強烈な信念になっています。

 

才能の有無ではなく、「夢を叶える努力」や「誰かの力になりたいと思う心」を尊いと考える煉獄さんです。

自分ではない誰かのために命を賭して戦った仲間たちを見て、そんな人間になりたいと思ったんでしょうね。

 

煉獄さんは、誰かのために死にたいのではなくて、

「誰かのために戦って死ぬ覚悟ができている」のではないか、と私は思います。

 

原作でも映画でも、死の間際に「自分が死ぬことは気にするな」「後輩の盾になるのは当然、柱ならみんなそうする」「若い芽は摘ませない」と炭治郎に話してましたよね。

 

零巻で必死に人を守るため戦って散っていった隊士たちと同じように、煉獄さんは「自分ではない誰かのために戦える」そんな人なんだと思います。

 

炭治郎と煉獄さんの夢の共通点

炭治郎の夢って、家族が生きている夢でしたよね。

でもそこに、若くして病死した父の姿がないんです。

 

なんでもありの幸せな夢なら、父親も生きている夢でいいやん?って思いませんか。

 

私やったら「じいちゃんばあちゃん、歴代のペットたちみんな出てきて美味しいご飯をモリモリと食べまくる夢」を見そうなもんです。

 

ふと、「なんで炭治郎父は出て来んねやろ・・・」って、漫画読んだときからちょっと疑問でした。

 

煉獄さんの現実的な夢にはもちろん、亡き母の姿はありません。

 

あれやこれやと考えてみると、炭治郎の父も煉獄さんの母も、どちらも共通して病死なんです。

鬼に殺されたとかじゃなくて、自然の摂理で亡くなっています。

 

ここで、煉獄さんの印象的なセリフ。

老いることも 死ぬことも

人間という儚い生き物の美しさだ

老いるからこそ

死ぬからこそ

たまらなく愛おしく尊いのだ

(引用:鬼滅の刃 8巻 第63話「猗窩座」)

 

煉獄さんも炭治郎も、限りある命の尊さを知っているんですよね。

人間はいつか死ぬものだという現実を理解して受け止めています。 

 

これだけはどうしても抗えない、鬼のように超越してはいけないものです。

生物としての自然のルールですから。

 

だから2人の夢には、病気で亡くなった父や母の姿はなかったんじゃないかと思いました。

 

でも炭治郎のお母さんや妹、弟たちの命は、理不尽に奪われたものです。

炭治郎は、自分だけが助かってしまったことをずっと後悔しています。

 

あのとき「ああだったら、こうしていたら…」

そう考えている炭治郎は、そこにつけいられて夢として現れたんじゃないかな…と。

 

だから、炭治郎と煉獄さんの夢の違いは、後悔や罪悪感なんかの過去にとらわれている気持ちなのでは?と思ったんです。

 

煉獄さんは鬼に家族を奪われたわけではないですし、そのうえ変えることのできない過去を悔やんで立ち止まる人ではありません。

(炭治郎も立ち止まらず必死に前に進んでるんですけどね。なんかこう、炭治郎の抱える罪悪感とか、心のそういう隙をつかれたみたいなイメージかな、と。)

 

煉獄さんはどんなときも、心を燃やして前を向いて生きてきた人ですよね。

 

煉獄さんはどこまでも前向きで強く優しい人だった

煉獄さんは炎のイメージのごとく情熱的で、強くて優しくて、どこまでも前向きな人です。

 

夢の中で、

 

昔は熱心に稽古をつけてくれた父が飲んだくれて冷たくなってしまったことに、「なぜ?」と思いつつも、「考えても仕方のないことは考えるな」と自分に言い聞かせるようにしています。

 

本心では寂しくて悲しいはずなんです。

でも煉獄さんは後ろを振り返りません。

 

『煉獄零巻』に戻ってしまうんですが、カバー裏コメントに作者のワニ先生がこう書いています。

煉獄さんはつらい時も苦しい時も弱音を吐かず、

家族や仲間を大切にする、前向きな人でした。

 

炭治郎たちに言葉を残してくれた最期も

君が足を止めて蹲っても

時間の流れは止まってくれない

ともに寄り添って

悲しんではくれない

(引用:『鬼滅の刃』8巻 第66話「黎明に散る」)

どれだけ不甲斐なくても、うちのめされても、歯をくいしばって前を向けと伝えています。

 

考えても変えられない過去にとらわれるのではなくて、いつも「今」と「前」を見据えているんです。

過去を振り返って「ああだったら、こうだったら」なんて考えたり、現実逃避したりしません。

 

考えてみると煉獄さんって、めっちゃくちゃ現実的な人ですよね。

 

列車で魘夢に協力していた人たちはみんな、自分が望む幸せな夢の世界に逃げようとしていました。

つらい現実から目を背けるために。

 

でも煉獄さんは、悲しさも悔しさも孤独も全て受け入れて、決して弱音を吐かず、「心を燃やせ」と自分を鼓舞してきた強い人です。

 

果たすべき使命のために。 

 

 

どれだけ現実がつらいものであっても、それを受け止め、目を背けません。

彼は「自分に都合がいい夢の世界」をもとより望んでいないのではないでしょうか。

 

そんな煉獄さんだから、いかにも夢らしい夢を見ることがなかったのかもしれません。

 

今のところ、そんな結論に着地しました。

これからいろんな方の考察を読みあさってみようかなと思っています。

 

ワクワクすっぞ〜。(違う漫画のネタ入れてくるなて)

 

 おわりに

お母さんの死も、そのほかの悲しく辛い出来事も、

全部ちゃんと受け止めて、

自分を何度も何度も叩き上げて、

そうして強くなってきた煉獄さん。

 

煉獄さんは炭治郎にヒノカミ神楽について「昔の夢をみたときに思い出したことがある」と伝えています。

現実的な夢もなにも、あれが過去にあった現実そのものやったなら…

 

煉獄さんにとっての幸せは、鬼が見せる夢の世界になんてなくて、現実の思い出としてちゃんと心に残ってるんかも…と思いたい私がいます。

 

とまぁ、あくまでも私個人の勝手な考えなので、「ちゃうやろ!矛盾しとんねん!」なんてこともあるかもしれませんが、お許しを。

 

あと夢関係ないんですけど、煉獄さんが最期に見せた笑顔やばくないですか。

語彙が死ぬくらいメンタルにきませんか。

 

いつも笑顔のイメージの煉獄さんからは「まさに頼れる兄貴!」感が溢れ出てますが、最期の笑顔だけは、年相応の青年の顔してるからもう切なくて切なくて。

 

世の全母ちゃんたち、号泣してない?

目、ぶっぱれてない?

 

はぁ〜〜〜〜〜 ( ;∀;)

煉獄さんの生き様がかっこよすぎて真面目に書いてしまいました(笑)

 

ちょっともう一回漫画読んで泣いてきます!

読んでくださった方、ありがとうございました!

 

 

鬼滅の刃』の最終回についても書いたので、よかったらご覧くださいまし。

nana-korogari.hatenablog.jp